この辺は史跡だらけです
明石人の天文台に行ってきたんですが、最寄り駅である山陽電車の高架とJRの高架に挟まれて碑のようなのが建ってました。

碑の文字を見ると両馬川って書いてあります。
気になったので調べたところ、源平時代に一の谷の戦で敗れた平忠度(清盛の末弟)が源氏の武将・岡部六弥太忠澄と川をはさんで戦ったことから両馬川と呼ばれるようになったとか。この場所に川が見当たらないので1000年近い時代の中で川の流路も変わっちゃったのかなと思います。
因みにこの戦いで忠度は右腕を切り落とされ、もはやこれまでと念仏を唱え討たれたそうで、この近くには忠度の右腕を埋めた腕塚神社や忠度の亡骸を埋葬した忠度塚が残っているそう。見に行けばよかった…

どれにしても一の谷から人丸前まで結構な距離があるのですが、忠度はここまで戦いながら逃げてきたんでしょうね。
なかなか戦場が広範囲だったことが伺えます。
神戸と明石の間はこういた史跡が結構あって興味深いです。
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